CFTM雑記・考察に至らない何か

CFTMが終わったので、思ったことをつらつらと書いてみます。ネタバレしかないため、ご自衛ください。
もう二度と嵐くんに会えないと思うと、帰り道で少し泣きました。地元は雪。そんな風情いらないから早く再演してほしい。

CFTMはご存知の通り竹取物語をオマージュにした作品です。お伽噺を元に架空の歴史物語として書き換えたものですね。手法としては古くから一般的な書き方で、最近で言えば浅田次郎司馬遼太郎歴史小説、広く言うなら銀魂や薄桜鬼もその一種ではないでしょうか。
また、登場人物が実は語り部であった、というパターンも王道ではあると言えます。先にあげた浅田次郎さんの「一刀斎夢録」などもそうです。平安後期から鎌倉時代にかけて生まれた歴史物語の流れが、日本の文学作品において恐らくその初期のものだと考えます。語り部が出てくる物語は「鏡もの」と言われるものが一番分りやすく、有名な例でしょう。語り部が登場人物だと分かるものは、今浮かぶなかでは泉鏡花の「薬草取」なども近いかもしれません。ただ、オチが「俺がこの物語を書き留める!」「俺たちだけが知っている真実の物語」的なのをすごく見た記憶がある。漫画かアニメか最近見たもののなかで。思い出せなくてなんかもぞもぞする。もし分かる人がいたら教えてください。

CFTMの難しいところは、最後の展開が怒濤で、ひとつの台詞を聞き逃すと結末が分からなくなるところです。舞台あるあるですけど。それと、考察の時点で古典の知識がいるのかもしれないなぁ、と思っています。理解されてる方もほとんどかと思いますが、まずは(忘れないうちに)物語の筋を追ってみます。

始まりは海月の夢。何者か分からない月からの使者の戦いの最中、一本の矢に倒れ、自身が負けたせいでお仕えする帝(上様)の最愛のかぐやが月に帰ってしまう夢。この時点でかぐやは「もう(戦わなくて)よい。」という趣旨のことを言ってるんですね。伏線が早い。
弓弦の登場でこれが海月の悪夢だったと明かされて物語が始まる。

月にいるかぐや姫は不老不死の薬を飲まず、月詠も飲むように提案しながら無理に飲ませることはしないため、すっかり老いてしまっていた。ここでかぐやと似ているとして、弟の朔夜が現れる。勉強を教えてくれる五人の先生の自己紹介が挟まって、かぐや同様朔夜が地球に思いを抱いていることが分かる。月詠と博士の歌で地球と月の違いが示される。ここの月詠はあくまで教科書通りのことしか述べず、彼自身が地球に対して何を感じているのか定かではない。対して博士は月の優位性を歌う。
物語の根幹に関わる疑問ではないかもしれないが、天の羽衣が三種の神器になっていることは少し気になった。不老不死の薬や地球と月の移動装置は確かにすごい。でも地球での記憶だけを忘れてしまう天の羽衣は素晴らしい発明品なのだろうか?しかも、それはかぐやの纏っているひとつしかないのだろうか?それなのに三種の神器?うーん、でも確かに今の地球にはないすごいものだからいっか。

それからかぐやが月見団子を食べたいから持ってこい、と朔夜に我儘を言い、月詠や博士には内密に、五人の先生と共に朔夜は地球に旅立ちます。朔夜のお色直しといって捌けるのは豊と晴。その二人がどこまで知っているのかは分かりませんが、逆に残った嵐、静、賢者は何か知っているような気がします。特に嵐なんて、晴や豊に一緒についていきそうなのに。「地球のことを覚えているか」とかまをかける賢者に、かぐやはしらを切ります。真顔で追及する二人に対して、嵐は全てを知っているような穏やかな笑みを浮かべて黙っています。ただ、「なぜ薬を飲まないのか」という直球の静の質問に対しては制止に入ります。嵐は薄々かぐやの記憶があることに気がつきつつ、優しいというのか事なかれ主義というのか、といったイメージを受けます。対して静は、かぐやのことが気にかかるのか真相を暴こうとする印象です。賢者は後の「誰も、誰の事もわからないものだよ」の台詞のように、他者への理解を諦めているような、あるいは掟を破った(※1物語の根幹に関わるので後述)かぐやに対し、ほんの少しだけ真実を明らかにするお膳立てをしながらそれ以上に助けもしない、静観という厳しい姿勢を示しているように感じました。

場面は地球に移り、弓弦と海月の稽古シーンに。そこに上様が現れ、海月が三十年間時を止めていることが明かされ、不老不死の薬を飲んでいることが分かります。そのあと月からのワープ装置の起動に気付き、弓弦はそちらに駆けていきます。
地球に降り立った5人組はもたついている間に朔夜がはぐれてしまい、5人と弓弦は再会の喜びを味わう間もなく朔夜を探しに向かいます。朔夜を見つけた場所で、5人は海月と出会います。海月は朔夜がかぐやの弟であることを知り、5人が弓弦の知り合いであることから月の人間であることは恐らく気づきます。しかし、「月からかぐやを連れ戻しに来た5人」と同一人物であることには気付いていません。
なぜかぐやとの仲を引き裂いた5人に海月は怒りを抱かなかったのか?という疑問を見かけましたが、恐らく気付いていないのです。海月の記憶は他にも欠陥があります。「自身が二人の仲を引き裂いた」という強迫観念に駆られ、忘れていた記憶を思い出すシーンがあります。夢の中で見る月の人々の姿も、普段の月での衣装に重ねて白のオーガンジーの布を羽織っている。顔には仮面がつき、声もほとんどありません。海月の戦いの記憶はひどく曖昧です。
話を戻します。場面は月に戻り、朔夜を月に送ったことに対してかぐやが博士と月詠に攻められるシーンに移ります。その会話で、博士がかつて自らかぐやを地球へ送ったことが分かります。
さらに地球へ話が戻り、かぐやが地球にいた頃の回想シーンに入ります。竹から生まれたかぐや姫は、竹取りの翁に大事に育てられました。その美貌を聞き付けた殿方からの求婚にも耳を貸しません。帝の声にも応じなかった姫でしたが、最初は断りの文を返していたのに、文を交わすうちにだんだんと心が引かれていきます。ここまでは古典の竹取物語に同じです。
しかし、かぐや姫からの返事に帝は満足できず、従者の海月によい案はないか尋ねます。海月は、和歌に音をつけて歌にすることを提案します。ミュージカルあるある。

ただここの台詞が少し物語を分かりにくくしています。
「歌詞の意味も分からないのに、今も耳に残る子守唄があります。」
ここで海月の言う子守唄は、かぐやが朔夜に歌う子守唄とは別物です。海月は帝の従者として文を受け渡しできる年齢。かぐやが地球に来て数年で大人の姿にまで成長したことを考えると、海月はかぐやよりも先に地球では生を受けています。つまり、海月はかぐやの子供、あるいは弟であること、かぐやの子守唄を聞くことはありえないのです。
海月のいう子守唄は、海月が赤ん坊だった頃の、(作中に出てこない)海月の母親が歌ったものと考えるのが妥当でしょう。和歌に音をつける、という突拍子もない、ミュージカルにするためのある種メタ的な提案に説得力を与えるための台詞と考えています。

ここから、帝とかぐやの音に乗せた歌のやり取りが始まります。平安時代、貴族の男女は直接会うことを許されなかった。帝の従者である海月と、かぐやのお供である弓弦は、それぞれの主である歌を受け渡すことで親しくなっていきます。そこで、ある日弓弦はかぐやから、別れの歌を託されます。それを海月に伝え、海月は帝に伝えるためにその別れの歌を覚えた。海月は言います。
「その悲痛の文を受け取ったときのことを、よく覚えている。」
そして、別れの話に。5人はあの時戦ったのが自分たちだと分かるような発言をしますが、海月は既に思い詰めていて気付きません。そのまま回想シーンは終わります。

夜の海辺で歌いながら刀を振っていた海月に、朔夜は聞いたことがある歌だと声をかけます。これが、先程出てきた、海月が帝へと伝えるために覚えた、かぐやからの別れの歌だったのです。かぐやはその歌を今も、子守唄がわりに朔夜に歌い続けていたのです。
その後話は進み、海月が朔夜に稽古をつけているのを、5人と弓弦が見守ります。嵐は「体育教師がいなくて困ってるんだ。」と弓弦に言う。嵐も十分に刀の指導ができるはずなのにせず、そう言ったのは、弓弦の帰る場所を残して待っている優しさだと感じます。一方静は不老不死の薬を弓弦に押し付け、月の様子について弓弦に問われても、戻ってきて自分で確認しろと言って去ってしまう。それに対して嵐は怒ります。かぐや、嵐、静、賢者のシーンと同じ構図です。やかましい嵐、落ち着いた静という性格でありながら、人に対しては、静観して相手の決断を受け入れる嵐と強く問い質そうとする静は逆の性質を持つように思います。
6人がいなくなると、朔夜が巻き貝を耳に当てるシーンになります。海月はそれを見て、何か言いかけてやめてしまう。同じことをかぐやがしているのを、海月は見たことがあるのです。

順番は入れ替わるかもしれませんが、この辺りで、弓弦が月にいる博士にコンタクトをとるシーンがありました。かぐやが月に帰ったあと、上様の様子を見届けてほしいと言われ、ずっと地球に残っていた彼は、かぐやが薬を飲まずに老いてしまっていたことを知らなかったのです。
「かぐやを無理矢理月に連れて帰ろうと言ったあの日から、お前は様子がおかしい。」※2
通話の切れる直前の弓弦のこの台詞が、特に重要な伏線でした。

また、舞台は月に戻ります。月に戻った朔夜は、勝手に地球に行ったことを月詠に責められます。そして、かぐやの願いであった月見団子を渡そうとするものの、かぐやは月「見」団子を食べたかったと言います。地球からでないと、月を見て食べる団子ではないですからね。その屁理屈に、地球に行きたいのなら、そう言えばいい。嵐と静の言う言葉を無視し、かぐやは退席してしまいます。不老不死の薬をまた口にしないかぐやに、月詠はかぐやが地球でのことを覚えているのではないかと問いますが、天の羽衣を着ているのだから覚えてはいない、とかぐやは嘯きます。

静は、博士のもとを尋ねます。軽口を叩きながら、その本意は、なぜかつて、かぐやを地球に送ったのか問うこと。答えない博士の代わりに賢者が現れて、「野蛮で恐ろしい地球に行けば、地球への憧れがなくなると思ったから。」と答えを教えてしまいます。そのまま賢者は静に退室を促しますが、博士の秘密は暴かれてしまった。※1と重なりますが、これは博士がタブーを犯したことへの静かな制裁にも見えます。



その夜、眠れない朔夜のもとに嵐が訪れます。「刀を教えてやろうか?」弓弦が月に戻る気がないと分かった今、誰かが月の御子である朔夜に刀を教えなければならない、と思ったのでしょう。ひとしきり騒いだあと、朔夜は嵐に巻き貝を手渡します。耳に当てると聞こえる音が何の音なのか自問する朔夜を嵐は穏やかに見つめて、それからいつもの茶化したような感じで去っていきます。恐らく、かつてかぐやが同じことをしたのを知っているのです。すごい。大いなる愛。一番好きなシーンです、みんなもよかったらここの表情見て……、すごいから……。まぁ私の好みなんてどうでもええねんけどな!

(※3ここから問題のシーンです、解釈に自信がないので浚うだけです!)
海月がまた夢を見ています。そのなかで、海月が初めて帝と出会ったときのことが語られます。海に浮かぶ月を見ながら、帝が乞食同然の海月に名前を与えた。それから、海月は帝を幸せにすることに人生を捧げようと誓います。
悪夢から覚めた海月のもとへ弓弦が現れ、今の帝の姿である、上様もやってきます。そこで、かぐやが月へ連れていかれてしまう戦いで海月が弓に射たれたこと、その傷を治し海月の命を救うために、海月に上様が不老不死の薬を与えたことが明かされます。その上で上様は、自身の命が絶えそうな今でも薬は飲まないと言う。上様がいなくなったあと、海月はもう一度、かぐやと上様を会わせたいと言います。「そうすれば、お前の悪夢は終わるのか?」「上様は、お前が悪夢を見続けていることを心配している。」弓弦の言葉に海月は答えませんでした。

続いて、かぐやが朔夜に子守唄を歌うシーンです。朔夜はそれを聞き目を覚まし、かぐやに聞く。この歌の現代語訳から考えると、かぐやは地球にいたときの記憶を残しているはず。(かぐやが月に戻った三十年で古文から現代文にまで文法が変わることはないと思うんですがそれは置いておきます。古文の先生は嵐。嵐が気づいていないわけ、なかったんですね。)
かぐやの返事を肯定と理解して、朔夜は5人にかぐやの記憶が残っていることを告げます。天の羽衣を着ているはずなのに、なぜ記憶が残っているのか。そこで、かぐやの天の羽衣が偽物であること、それは博士が仕組んだことであると明らかにされます。

博士はずっと前からかぐやに思いを寄せていた。月に閉じ込めておきたいと思いながら、地球へ行きたいというかぐやの願いを、タブーであるのに叶えてしまった。大好きな人の願いを叶えたいのは、よく分かります。地球という月に比べて遅れた星で、かぐやは地球に幻滅するはずだと思っていたのに、逆に好きな人を作ってしまった。
博士は、叶わない恋の苦しみを共に味わえばよい、と偽物の天の羽衣をかぐやに着せます。けれどそれは、ずっと明かされなかった。恐らくかぐやは、悪意によってなされた忘れないでいることを、逆に喜ばしいと感じていたのでしょう。だから記憶が消えていないことをを隠していた。だから、博士とかぐや以外は知らなかったのです。まぁ気付いてはいたでしょうけど。
そのかぐやの心を代弁するように、朔夜が言います。自分なら忘れたくない、本当は忘れてしまうのがかわいそうだから忘れないようにしてあげたんじゃないの、と。愛の物語であり、豊の台詞にもあるように、好きになった人がどうやっても手に入らないのはどうしようもないし、それを妬んでしまうのも道理です。ただその行為をかぐやと朔夜が別の理由から肯定したのが、この作品を通しての博士への救いなのだと思います。
そこに、地球にいたはずの弓弦が現れる。博士へ怒りをぶつけようとした弓弦を月詠が止め、朔夜の立てた作戦を実行することになります。


朔夜は、上様とかぐやを再び出会わせるために、自身がかぐやの若い頃の姿に変装し地球に向かい、一度は上様との対面を果たします。ただ、それでは上様の気持ちは満たされても、かぐやは辛いままです。朔夜は、やはりかぐやが上様に会いに行くよう説得するため、海月を連れて月へ戻ります。
若い頃のかぐやの姿にそっくりな朔夜と出会えたなら、上様は幸せだろう、自分が行く必要はないとかぐやは言います。海月は、上様は朔夜がかぐやの影武者であったことに、本当に愛した人ではないと気づいているはずだと訴えます。そのとき、地球と月の中継が繋がり、博士とかぐやは直接話す機会を得ます。かぐやは地球での記憶が残っていることを認めた上で、それを喜んでいると博士に言う。ひどい仕打ちをした相手ではあるけれども、遠回しに感謝をのべているのだとも感じました。
お供たちの説得もあり、かぐやと上様は真の対面をします。そして弓弦は海月に聞くのです。
「これでお前の悪夢は終わるのか?」

ここで観客は、かぐや姫の物語を見ていながら、本当は海月の物語であったことに気付きます。海月はなおかぐやと上様の仲を守れなかったことを悔いている。
そこで、かぐやは海月に命を救われたのだと告げます。月の使いから月に戻るように伝えられた時に、かぐやはその未来から決して逃れられないことを理解します。月に連れて帰られてバラバラになってしまうのならば、かぐやと帝(今の上様)は共に海の月に帰り、死んでしまった方がよい。そう思った二人を海月は止めます。その結果、二人は潔く別れて生き続けることを選びます。
海月の記憶は、この辺りから曖昧です。自責の念に駆られ、忘れていた、自身が戦ったときの記憶。
かぐやは、どうせ別れるのなら華々しく門出を飾りたいと、お供たちに模擬戦闘を命じたことを明らかにします。そこで海月はかつて自分が戦った、かぐやと帝の仲を引き裂いたのが目の前にいる朔夜のお供たちであると気付くのです。
彼らは皆、博士に命じられた通りかぐや姫を連れ帰ることができればよく、地球人を傷付けるつもりはなかった。海月が射られたのは味方の流れ矢で、彼以外に犠牲者はいなかった。ただ彼は運が悪かったのだ、と嵐と静はあっけらかんと言います。豊と晴はどこか同情する表情。一方、その話を聞く賢者はひどく無表情で、博士は怯えた表情をしています。博士はその話を聞いて初めて、自分がかぐやを思う気持ちのせいで、海月の人生を狂わせてしまったことを知ったのです。
「なにも、しらなかった…。」
「地球からかぐや様を連れ戻すように命じたあなたは異常でした。だから私は、地上にいる弓弦とコンタクトをとって、できるだけ派手に戦うようにとこの者たちに命じたのです。」
博士と月詠のこの台詞は、※2と関連を持つ、物語の結末を担う台詞です。この三つが全てといってもいいくらい。(怒濤すぎて実は私は3回目の観劇でやっと消化できました。)
自分の愛に振り回され、かぐやを地球に送ったものの、かぐやが愛する人を作ったことに怒り、自身が月の技術を掌握していることをいいことに無理矢理連れ戻させた博士。物語の始まりは全てその叶わない愛でした。

嵐と静の「運が悪かった」は、その愛をどうしようもないことだと受け入れているようです。晴や豊、事実を告げたあとの月詠や弓弦の表情は、海月への、そして博士への同情や哀れみのようにも思います。ただ無表情の賢者は、少しだけ責めているようにも感じます。確かに博士は禁忌を犯し、何の罪もない海月を傷つけたのですから。

海月は「なんだ…。」とこぼしながら、どこか安心したようにも見えます。人と人が交わるなかではどうしようもないことで、そして傷付いたのが身寄りのない自分だけであったことに安堵したのかもしれません。
「これでお前の悪夢は終わるか?」
「代わりに賑やかな夢を見そうだ。」
そう言って月の人間は月へ帰っていきます。

上様が亡くなり一人になった海月のもとを、朔夜が訪ねてきます。朔夜は、(遮られるものの)自分がかぐやと帝の子供であったということを告げます。つまり、かぐやは月で出産をしています。
不老不死の月の世界でどのように人が生まれ、死んでいくのかは定かではないですが、恐らく姫に遣えていたのがお供たちは、かぐやが出産したことを知っているのです。※1の、賢者の掟を破った「かぐやへの」怒り、怒りとまで言わなくとも静かに責める姿勢を持っていたのでは、というのはこの点です。かぐやを地球に送った博士だけでなく、さらにそこで恋愛をし、子どもまで作ったかぐやも掟に背いている。賢者は博士にもかぐやにも、秩序を乱すものとして厳格な態度を示していると考えます。

話はそのままラストに向かいます。上様を守る、という生きる意味を失った海月を心配して、お供たちがやってくると、海月は生きる意味を見つけたと言います。
「うまくいくかわからないけど、書き留めてみようと思うんだ。」
かぐや様が怒らないように、恥ずかしがらないように、所々伏せながら。

そして書かれたのが現代に残る竹取物語であった、というお話です。あらすじなが。あらくないすじでごめんなさい。

とりあえずまずは、名前について考えてみたいです。
海月の読み方、クラゲだと思ってたの私だけじゃないですよね。でもクラゲって海に映る月みたいだから海月って書くらしいです。同じ意味だった。命名の理由は作中に出てきた通りでしょう。ロマンチック。

五人衆の名前が月の海からとられているのは結構タイムラインでも見ます。嵐の大洋、晴れの海、静かの海、豊かの海、賢者の海。このなかで「賢者」だけどこか異質な感じがします。嵐、晴、静、豊、とどれも一文字で、自然を感じさせるものなのに、突然の賢者。波の海、雲の海、氷の海なんて名前もあるのに、賢者。それと、賢者の海だけは、五人の名前にとられた海のなかで唯一月の裏側に位置するものだそうです。なんの意味があるのか。月の裏側の命名は月の表側の命名よりはるかに最近のことですから、長く生きていたというわけでもなさそう。わからん。
晴は朔夜をかぐやにしたて、またかぐやの老いへの恐れを救うための役目、豊は物語を歌でエンディングに導く一番重い役目、静は冷静にキーパーソンを追及して物語を進める役目、嵐は朔夜が古文でできた歌を読み解くために、また愛をもって愛を教える役目、賢者は優しげに見えながらタブーを犯した人間には厳しくあることで真実を暴く役目を持っていたのかな、と勝手に思っています。
愛を後押しするのが晴、愛を伝えるのが豊、愛を許すのが嵐、愛を守ろうとするのが静、愛だけで全てを許さないのが賢者、みたいな。分かりにくいですねごめんなさい。

月詠は、月読命の呼び名であり、古事記にその初出が見られます。一方、日本書紀では月読命の別名として月弓の記述も見てとれるそうです。
月弓は、弦月の別名とも言います。上弦の月、もしくは下弦の月。弓張り月とも呼ばれる月のかたち。武器が弓のわけでもなく、一見月に由来の無さそうな名前の弓弦はここからとられているのではないかと推察します。
そうなると、弓弦と月詠は対というか、コンビともとれる間柄なんですね。かつてかぐやの一番近くに遣えていたのが弓弦、今かぐやの一番近くに遣えているのが月詠。かぐやを月に連れ戻そうと博士が命じた時、弓弦に裏でコンタクトをとったのは月詠だった。博士を殴りに月に戻ってきた弓弦を制したのは、月詠だった。
公演後に気付いたのでこのくらいしか浮かびませんが、恐らく先生たちのなかで、5人組と月読コンビ、博士に分かれるような気がしています。

朔夜は月のでない、新月の夜。
かぐやは(後世の当て字かもしれません、出典は見つけられませんが)、月の輝く夜、輝夜ではないかと推察します。
博士は、全ての始まりのキャラクターです。彼の愛が根元にあり、物語は広がったのですから。

ここまではなんとなく読み取ったことなんですが、続いて考察の中の疑問点をあげてみます。

①※3で出てくる歌。
「怯えているのはなぜだ?怖いからか?震えているのはなぜか?知っているからか?」
「暗闇のなかで泣いていた」
と帝は言い、それに対して海月は「言われて、初めて自分が泣いているのだと気がついた」と言います。そのあと帝から名を授かったものの、また繰り返すのです。
「怯えているのはなぜだ?」
「怖いからです」
「震えているのはなぜだ?」
「知っているからです」
名前をくれた帝がただ、幸せでいてほしかっただけなのに、と続きます。

最初に震えている、怯えているのを名前に関することだとすると、名前をもらった後にも震えている、怯えていることに辻褄が合いません。
仮説として、海月が月の人間だったというパターンを考えています。最初に震えている、怯えているのは、はっきりは分からないけれど、名前をくれる帝が幸せになれないと感じている。そして名前をもらったあと、月からの使者が来たかぐやが抵抗できない、抵抗しても叶わないと知っているから、別れの日が来るのを怖いとするパターンです。ただ、これは続く②の理由でなしな気がします。
今一番考えているのは、繰り返される「震えている」「怯えている」の理由が違うパターンです。一度目は、自分に名前がないことが怖くて震えている、名前がないということは誰からも必要とされず生きる意味がない、その事実を知っているから怯えている。ただ自分の名前も知らない海月はそのことを言語化できないため、帝の自問自答になっています。名を与えられ、海月は一度自信と喜びに溢れたものの、自分では帝を幸せにできないということに怖がり、薄々知っているから震えるのではないか、と。

②紋章問題
かぐや、帝、上様以外に紋章があることから、恐らく不老不死の薬を飲んで時が止まった人に紋章がでるのでは、と思っています。パンフを見て気付いたのですが、海月以外月の紋章なのに、海月は地球の紋章なんですね。日本を中心とした地球に太陽が上っていて、月の軌道が地動説で示されている。
これは、薬を飲んだ地とも考えられますが、のんだ場所で紋章が違うのも変な話。これは月の人間か地球の人間かの違いなのかな、って少し思ってます。体質違ったら違う柄、みたいな。
でも、紋章の位置についてもさっぱりなので、やっぱり謎が深い。

③月の満ち欠け問題
私の記憶では、照明で作られた月は、最初に海月が夢から覚めたときは満月でした。次の海月の台詞では、南の空に浮かぶ半月です。その次に照明で作られたのは左が欠けていった10日目の月、三日月、新月と推移していたように思います。満月から新月に推移するときは、右側から欠けていくはずなのです。なぜだ。
最初の歌のシーンで、お供たちが背中をこちらに向け、指で時計の針が進むように腕を動かす振り付けがあります。もし彼らが正面を向いていたら、その針は反対方向に回ることになる。彼らが後ろを向いている理由は(単にかっこいいっていう可能性もあるんですが)分からない。海月の記憶の曖昧さからしてももしかすると逆行しているのかな…?と思ったものの、月の人間に時空を越える力があるならそれを言ってそうだからなしなのかな。




④弓弦について
弓弦は、あのまま海月と地球で年を重ねるのだと思っていました。嵐が言ったように、朔夜に刀を教える人材が必要で、最後の会話に少しありましたが、海月が人間としての寿命を迎える前に、朔夜が海月に勝てるように育てる、ということに生き甲斐を見いだしたのかとぼんやりと思います。時の流れに従うのも悪くない、と語った弓弦とは少し矛盾を感じましたが、あの時薬を飲まなかったのは飲みたくなかったわけではなく、自分がもらった薬を上様に渡せば上様が生き永らえるのでは、ということが過ったのなら納得できます。上様が亡くなった地球に生きる意味は見出だせなかったのかもしれません。ただ、置いていかれる海月はあまりにかわいそうだな、って少し思った。









分からないことだらけでしたが、いろんな人とここはこうじゃないか、ってお話できたらきっと楽しいだろうなって思えるボリューミーな物語でした。表情ひとつ、台詞ひとつから見えるものもあると思うので、円盤の発売を楽しみに待ちたいと思っています!